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読書記録を中心に日々の生活で考えたこと、思ったことを書き留めていこうと思います。

本が先か時代が先か

コロナ禍で思うこと。

 

  本屋で、ネットで、本を買って読んでみる。すると、なんだかこの時代にすごく合ったものを選んでるなあと思うことがある。自分が選んだ本に時代が寄ってきたのか、時代の流れに知らず知らずのうちにその本を摑まされているのか。鶏が先か卵が先かみたいな話。

 

  最近読んだ2冊の本についても、そのようなことを強く感じている。

【第162回 直木賞受賞作】熱源

【第162回 直木賞受賞作】熱源

 

  1つ目は「熱源」である。

  この中で、本筋として扱われているわけではないが、「流行病」の様子が書かれている。アイヌの村が消えてしまうような恐ろしい病が流行った様子が書かれている。

  戸は閉ざされ、街は静まり返り、死体を処理するのに男たちが駆り出される。時代は違えど、流行病に対する認識はそれほど変わらない。とにかく避ける。

  ただ、きっと昔の方が避けることは簡単だったのではと思う。今の世の中の方が避けることは難しい。そう思い至った理由を2つにまとめてみた。

  1つ目は垣根のなさ。交通網は発達し、当たり前に、ごく簡単に海外にまで行ける。それこそ何百円かで県外に行けたりする。その世界を知ってしまった私たちは閉じこもることが苦手になったと思う。

  もう1つは関係の希薄化。昔のように街で起きた事件はみんな知ってるだとか、お隣同士でおしゃべりしたりだとか、いわゆる近所づきあいというものがとにかくない。家族も核家族化が進んでいる。1人でも何とかなる世の中。でもだから歯止めが効かないのだと思う。昔は近所のしがらみが良い意味でも悪い意味でも抑止力になっていたのだと思う。

 

  時代が変わっても変わらない流行病の恐怖、対応。でも、それに対して人々の生き方は変わってしまった。それは物質的な便利さであって、心の豊かさとかではない。技術の進歩であって、心の進歩とは言えない。そう感じてしまう。心を育てるにはどうしたらいいのだろう。

 

 

  もう一作は「みをつくし料理帖」シリーズだ。このシリーズ、とにかくキャラがみんな良くて、とても好き。特にりうさんやご寮さんが心に響くことを言うんだなあ。

  その中で、今のコロナ禍に通じる話もちらほらあるのだ。

 

  主人公澪が働くつるやで火を長時間扱うことが出来なくなり、澪が思いついたのはお弁当を売ること。お店の営業時間短縮、営業自粛の波を受けて、テイクアウトのお弁当を売る料理屋さんのSNSがいくつも思い浮かんだ。

  状況を嘆くのではなく、その中で何が出来るか必死に考えて行動に移す。素敵だと思う。他にも、オンライン授業であったり、オンラインのショーであったり、おうちでできる制作キットの販売であったり、さまざまな業種で澪のやうに、機転を利かせて奮闘している人がいる。そのような取り組みを見ているだけでも、暖かい気持ちになる。不安が先行してしまいそうな日々に温かみをもたらせてくれる。

 

  もう一つ、私が好きなところがある。「想い雲」の一節である。

天災を除いて世の中で1番恐ろしいのは、妖怪でも化け物でもなく、生きているひとだと思う。だが、恐ろしいのもひとだけれど、同時にこの上なく優しく、温かいのも人なのだ。

  この内容、言い回し、伝え方、心にびしばしと響いてきます。

  マスクのために行列を作り悪態をつく人、他の人のことを思いやることなく平気で出歩き感染させてしまった人。恐ろしいと思われる様にはやはり人がいました。ただ、上記したようなお弁当を作ったり、オンラインで人々のためにサービスを提供したりしているのも人です。

 

  私は、大それたことはできないけれど、もし隣人が患ったとしたら、「大変やったなあ」と心配の声を掛けることができるような、そんな心を持ちたいです。

 

2020/05/05

部屋の片付けで娘と揉めて反省中の夜に